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少年:そう。〈分かる〉系の本は、面白い話を受け取って楽しめるけれど、応用したり自分でいろいろやってみること、ひっくるめて言えば〈体験〉が足りない。むしろ、いろいろ〈体験〉してみた後に〈分かる系〉の本を読むと、「ああ、あれはそうだったのか」となりやすい。
少女:今のは分かった。テキストも終わりまで先に目を通しておいた方が、この定理が何に使われるかとか知っておくことができたりして、今やってることの意義とか意味とか文脈が分るってことよね?
少年:うん。このやり方の元ネタは、ライプニッツが12歳で教師も辞書もなしにリウィウスが書いた『ローマ建国史』を、分かるところだけ拾い読みするのを繰り返し、ラテン語が読めるようになったエピソードなんだ。ライプニッツは哲学、微積分から法学、歴史、神学、言語学と何でもやった人だけど。
少女:でも分からないところを飛ばすって、なんか罪悪感ない?
少年:分かるけど、難しいって悩んだり無力感に苛まれたりするのって、そもそも脳のパフォーマンスを下げることなんだ。短期的には余計に理解しづらくなるし、覚えられなくなるし、学習効率は下がる。長期的には、学ぼうとする度に繰り返し不快な感情を浴び続けたら、誰だって学習意欲は下がるし、学ぶことをやめちゃうよ。
凡人が数学を語学として学ぶ具体的な手続きを説明する/図書館となら、できること番外編 読書猿Classic: between / beyond readers
〈分からない〉に足を止めない
(via ginzuna)